死刑制度の賛否というのは今に始まったハナシでもないのですが、例の山口県光市の件や、昨今の凶悪犯罪がメディアで取り上げられることで、以前にも増してまざまざと加害者擁護な法律を突きつけられ、極当たり前に、常識的に個々の意見というのが噴出してきただけのハナシだとは思います。
理解不能かどうかはともかく(笑)、反対派には反対派の、賛成派には賛成派の意見があって当たり前。今の時代、主張しようと思えば、こうしてブログなり、コメントなり、掲示板なりで、影響度の差こそあれど、その場はあるわけです。うん・・・、やっぱり反対派の稚拙な論理展開はワタシには理解不能ですけどね(笑)。
ある日何の落ち度もないヒトが殺されるという事件があり、犯人が逮捕され、裁判が行われ、判決が下され、そして執行される。そりゃ~直接間接含め、この一連の流れには膨大な人が係わっているハズです。そしてそれぞれに思いはあるハズです。当たり前です。・・・・で、今回の出版イベント。本を読んでないので、その内容について言及するつもりはありませんが、この筆者は公言している通り死刑制度廃止論者です。その視点で死刑を捉えているわけです。これは"向き合っている"のでも何でもなく、どれだけ膨大なインタビューを行おうと、極普通に"死刑制度廃止論者"というだけです。でもそのことは大々的には出て来ない。
要するに、「死刑」という名詞、何のイデオロギーも含めない名詞を本のタイトルに使うことを、反対派でも賛成派でもない人々を誘導するという単なる手段にしているだけじゃないのか、ということ。所詮はその程度の詭弁なのか?・・ということ。"死刑って何だろう・・・社会が人を死を以て裁くって一体・・・"ってな聞き飽きた底の浅い主張でも、誘導される人間はいとも簡単に誘導されてしまいますからね(笑)。誰も"死刑賛成!"という主張をポジティブなイメージだとは思わないでしょうからね。すぐに「コワイ・・そんな社会がコワイ」などとアホアホなことを言われるのがオチです。
記事中には、"死刑を廃止している州もある米国などを例に、死刑は犯罪抑止に効果がないと森さんは主張する"とある。反対派お決まりの主張です。このレベルです。そもそも、死刑制度に賛成する理由として、犯罪抑止を最大の理由に挙げる人は少ないのではないか?ということ。まぁ、これは何の根拠もないですけどね。仮に多くてもそれはそれ・・・ではありますが。要は、死刑というのは、犯した行為に対する量刑なわけです。"人を殺しました"という事実(真実)。年齢や性別、ましてや人数など関係ないハナシ。"死刑によって、被害者は生き返るわけではありませんが、犯してしまった行為は、法治国家の下、それ相応の刑で償ってもらいます"・・・というだけのハナシ。"今後、人を殺すと死刑になるかも・・・と加害者が人を殺す直前にびびって思い止まり改心するように、見せしめとしてあなたには死んでもらいます・・・ワリ~ねワリ~ね。"ってなコトを求めてもないし、そもそも死刑制度の存在理由はそんな理由でもない(笑)。
自分の主義主張を書籍というカタチで世に知らしめ、一人でも多くの賛同を得られるように・・と策を練るのは個人の勝手ではありますが、反対派という視点ながらも、中立的なニュアンスの装丁で・・・というのはどうなの・・・と。で、印税を・・・というのもどうなの?・・・・と。あ、印税がうらやまじぃ~・・・とひがんでるワケじゃないですよ(笑)。
死刑制度に向き合って、その制度、知られざる秘密を客観的に知らしめる・・・・・・ふりをするなってこと。利用するなってこと。所詮そんなレベルなのか?ってこと。そんなレベルっていうのはワカラナクはないですけどね(笑)。ま~「アレコレ言う前に、本を読め!」と言われそうですが、お金がモッタイナイので・・・あ、いや、無いだけです(笑)。

【追記】本の表紙には、タイトルとは別に「人は人を殺せる。でも人は、人を救いたいとも思う。」というコピーがあります。この人は大丈夫だろうか・・・。このコピーを、全ての遺族、全ての被害者の墓前で叫ぶことが出来るのだろうか。